ヤンキース背番号事情
田中将大の過熱報道には飽きてきました。もう少し静かに見守ってあげたいものです。ワイドショーまで低レベルな知ったかぶりコーナーを作って紹介しています。
野球以外のくだらない取材は避けて自主トレや「スプリングキャンプ」に集中させてあげたい。せめて、プライベートだけは、息抜きもあるだろうから静かに追いかけて欲しいものです。週明けには、また、このどうでもいい背番号のニュースをやるのだろうな。
この機会に他の選手、川崎や藤川、和田、松坂といったところも報道してほしい。上原が鶴瓶師匠の「A-Studio」に出演していました。面白かったですね。上原の“雑草魂”は共感できます。
安定して輝き続ける一番星でなくても、シューティングスターでもいいから鮮烈に輝いて欲しい。上原浩治に続いて大家友和(メジャー51勝)やサブマリン渡辺俊介の活躍にも期待したところです。
余談ですが、下がヤンキースの永久欠番です。これに現役のデレク・ジーターの2番、11番(ブレット・ガードナー)、12番(アルフォンソ・ソリアーノ)、13番(アレックス・ロドリゲス)、18番(黒田博樹)などが既に使用されている背番号なので、残りは「14」「17」「19」「20」という推測が専門サイトでありました。
「14」といば、最近では伊良部氏(故人)ですが、日本プロ野球史上初の永久欠番になった“レジェンド”沢村栄治さんの背番号。これでも良かった。
「17」はWBCで田中が付けていたので記憶に新しいところ。でもインパクトがイマイチ。結局「19」に決まりましたが、スポーツ紙ではこじつけて恩師「ノムさん」野村克也元監督の現役時代の番号を紹介していました。むかし難波の大阪球場で南海ホークスのプレーイングマネージャー野村克也選手を見ました。懐かしい19番ですが、個人的には「20」が良かった。
20番は、「18」や「1」と並ぶエース番号です。過去には、ルー・ブロック(カージナルス)、フランク・ロビンソン(オリオールズ)などの選手が有名で、チームの永久欠番になっています。
《ヤンキースの永久欠番》
1(ビリー・マーティン)
3(ベーブ・ルース)
4(ルー・ゲッリッグ)
5(ジョー・ディマジオ)
7(ミッキー・マントル)
8 複数(ビル・ディッキー、ヨギ・ベラ)
9(ロジャー・マリス)
10(フィル・リズトー)
15(サーマン・マンソン)
16(ホワイティー・フォード)
23(ドン・マッティングリー)
32(エルストン・ハワード)
37(ケーシー・ステンゲル)
42(マリアノ・リベラ)※42(ジャッキー・ロビンソン)
44(レジー・ジャクソン)
49(ロン・ギドリー)
▼ヤンキース主な背番号19
◆ビック・ラッシー メジャーデビュー2年目の47年に背負った。その後、16番となり、ワールドシリーズ5連覇など達成にエースとして貢献。
◆ボブ・ターリー 55年から62年に背負い、58年にサイ・ヤング賞を獲得。
◆フリッツ・ピーターソン 67年から74年につけ、70年には20勝。当時同僚で、日本ハムにも在籍したマイク・ケキッチと妻を交換した逸話も有名。
◆デーブ・リゲッティ デビュー時の79年は56番も、81年から(90年まで)着用。83年の独立記念日(7月4日)のレッドソックス戦でノーヒットノーラン達成。救援投手に転向後も、86年に46セーブでタイトル獲得。
◆アーロン・ブーン レッズから03年シーズン途中に移籍し着用。同年のア・リーグ優勝決定シリーズ第7戦でサヨナラ本塁打を放ち、ワールドシリーズ進出に貢献した。